東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)105号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
そこで、審決にこれを取り消すべき違法の点があるかどうかについて検討する。
二 審決は、本件発明が引用例に記載された発明と同一であるとする理由として、まず、引用例にはPPOとPSとの混合物が熱可塑性樹脂組成物として記載されている、すなわち、引用例にはPPOとPSとの熱可塑性組成物がそのまま記載されているという点をあげている。
成立について争いのない甲第三号証(引用例)によれば、引用例である米国特許第三〇六三八七二号明細書には、写真係、技術データ等の記録、書類及び再生に有用な組成物及びそれから作られた物品に関する発明が記載されており、そのような組成物として、引用例のクレーム1には審決認定のとおりのものが記載され、これを説明して、引用例の第一欄一二~一八行目及び第四欄九~一七行目にはそれぞれ審決認定のとおりのことが記載されているところであつて、そこに「PPOとPSの混合物」なる概念が用いられていることは明らかである。しかしながら、右指摘の各部分において、「PPOとPSの混合物」なる概念は、オルガノポリシロキサン(POSi)とアリール重合体とを含んでなる最終目的物の組成物の発明を特定しあるいは説明するに際し、オルガノポリシロキサンと混合さるべきアリール重合体の成分を特定するための手段として用いられているものにすぎず、オルガノポリシロキサンとアリール重合体とを含んでなる組成物と関係付けることなく、これとは独立して発明としての意味を有する「PPOとPSの混合物」なる物質が開示されているということは到底いえないところである。その他引用例の記載を精査しても、PPOとPSの混合物をもつて熱可塑性組成物であることを開示しているとするに足る記載を見出すことはできない。
してみれば、引用例にはPPOとPSとの混合物が熱可塑性樹脂組成物として記載されているとして、このことを根拠に本件発明を引用例記載の発明と同一であるとした審決の判断は誤つているものといわなければならない。
三 審決は、本件発明をもつて引用例に記載された発明と同一であるとする理由として、次に、本件発明の組度物にはPPOとPSとの他に第三成分として少量の例えば一〇%又はそれ以上のPOSiを含む組成物をも含んでいると解されるという点をあげている。
成立について争いのない甲第二号証(本件特許出願公告公報)によれば、本件特許明細書の特許請求の範囲には、前示当事者間に争いのない本件発明の要旨のとおりのこと(事実摘示第二の二参照)が記載されているものであつて、本件発明がポリフエニレンエーテル類とスチレンの単独又は共重合体とを必須の構成成分として含有する組成物であることは明らかである。これに対し、前掲甲第三号証によれば、引用例に記載された発明においては、その組成物を構成する成分としてオルガノポリシロキサン(POSi)を必須のものとして含むものであるから、本件発明の組成物と引用例記載の発明の組成物とは、必須の構成成分を異にするものであり、組成物の発明として両者が別異の技術思想に基づくものであることは明らかである。
このように、両発明がその技術思想を異にするにもかかわらず、なお組成物の発明として同一であるといい得るためには、本件発明の要旨とされるもののうちには、PPOとPSとの他に第三成分としてPOSiを混入ないし含有させたものも含まれることが、本件特許明細書に明示され、あるいは、本件特許出願当時の技術水準に照らし、当業者にとつて自明であることが必要であり、単にPPOとPSとの他に第三成分としてPOSiを含有させた場合には、本件発明の目的を害する等のことなく、可塑剤として作用する等他に有利な効果を奏し得ることが事後的に判明したというのでは足りないというべきである。この見地によつて検討するに、前掲甲第二号証によれば、本件特許明細書には、本件発明の組成物に他のなんらかの配合剤を配合することについては、なんら記載するところがないものである。また、成立について争いのない乙第五、第六号証(いずれも昭和三一年一二月四日特許庁資料館受入れに係る米国特許明細書)には、オルガノポリシロキサン(POSi)が種々の樹脂に対する可塑剤又は柔軟剤として用いられる旨の記載はあるものの、シリコン樹脂を除いては具体的にいかなる樹脂に対する可塑剤又は柔軟剤として用いられるかについてはなんらの記載もなく、これをもつてはオルガノポリシロキサンが本件特許出願当時、PPOないしPSを主体とする熱可塑性樹脂組成物に対する配合剤とし慣用されていたものと認めることはできず、その他本件にあらわれた一切の証拠を検討しても、本件特許出願当時の技術水準に照らし、本件発明の組成物にはPOSiを含有させたものも含まれるものと当業者に自明であつたと認めるに足りる証拠はない。
してみれば、本件発明の組成物にはPPOとPSとの他に第三成分として一〇%又はそれ以上のPOSiを含む組成物をも含んでいるとして、このことを根拠に本件発明を引用例記載の発明と同一であるとした審決の判断は誤つているものといわなければならない。
四 以上のとおりであるから、本件発明をもつて引用例に記載された発明と同一であるとした審決の判断はいずれの点からみても誤つており、審決は違法として取消しを免れないので、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとする。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
一般式<省略>(ただし、R1・R2・R3・R4は水素・炭化水素基・置換炭化水素基・ハロゲン、nは重合度を示す整数)で示されるポリフエニレンエーテル類とスチレンの単独又は共重合体とを配合してなる組成物。
〔編註その二〕 本件における審決理由の要旨は左のとおりである。
2 本件特許の出願前に日本国内で頒布された米国特許第三〇六三八七二号明細書(以下「引用例」という。)には、「写真映像や技術情報等を記録・記憶再生するのに有用な組成物、特に(1)オルガノポリシロキサン及び(2)固体アリールポリマーを含有する組成物」に関する発明が記載されている。そして、引用例中には、右組成物について、「重量基準で、(1)少なくとも四〇%の有機基がアリール基であるオルガノポリシロキサン一〇~九八部と、(2)(a)ポリアリーレンエーテル及び(b)ポリアリーレンエーテルとポリスチレン物質との混合物からなる群から選ばれたアリールポリマー二~九〇部とを含有する相溶性混合物からなる組成物」(引用例のクレーム1)、あるいは、「(1)オルガノポリシロキサン及び(2)(a)ポリアリールエーテル、(b)ポリスチレン及び(c)右(a)と(b)との混合物からなる群から選ばれた固体アリールポリマーを含有する成分の固体の熱変形(すなわち熱可塑性)の相溶性混合物を含有する組成物」(引用例の第一欄一二~一八行目)、更に、「(1)オルガノポリシロキサン、及び、(2)(a)ポリアリーレンエーテル、(b)ポリスチレン及び(c)右(a)と(b)との混合物からなる群から選ばれた熱可塑性の固体(すなわち室温において固体)のアリールポリマーを含有する成分の固体の熱変形性混合物」(引用例の第四欄九~一七行目)と説明されており、また、ポリアリーレンエーテルについては、
「一般式<省略>(ここに、一単位中の酸素原子は隣接単位のベンゼン核に結合し、qは例えば少なくとも一〇((例えば一〇〇ないし五〇〇〇又はそれ以上))の正の整数、Qは水素、三級α―炭素原子を含まない脂肪族炭化水素基((例えばメチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル基等))、ハロゲン((例えば塩素、臭素、フツ素等))、アラルキル、アルカリール及びアリール基からなる群から選ばれた一個の置換基、Q´はQと同じであつてもよく、更に脂肪族三級α―炭素原子を含まない炭化水素オキシ基であつてもよい一個の置換基である。)を有する一群のアリールポリマー」(引用例の第八欄二〇~四〇行目)と記載されている。
3 本件発明の「ポリフエニレンエーテル類」と引用例記載の「ポリアリーレンエーテル」とは、それぞれを表わす一般式の記載からみて同一物質であることは明らかであり(以下両者を「PPO」という。)、また、本件発明の「スチレンの単独又は共重合体」と引用例の「ポリスチレン」とが同一であることも明らかである(以下これを「PS」という。)。
そこで、引用例記載の発明について検討すると、これは写真映像や技術情報等を記載・記憶・再生するのに有用な組成物に係ることは明らかであるが、その組成物には、オルガノポリシロキサン(以下「POSi」という。)とPPO、POSiとPS、及びPOSiとPPOとPSの三者の態様があり、右組成物においてはPOSiが一〇%含有し、残部九〇%がPPO、PS又はPPOとPSであれば足りることも明らかであり(引用例のクレーム1参照)、しかも、このような組成物は熱可塑性であつて、単なる混合物(すなわち不均一である混合物)でなく、相溶性(すなわち均一性を有する)混合物である。したがつて、引用例には、均一な熱可塑性の組成物であり、量的にはPPO、PS又はPPOとPSとの混合物が主であり、POSiは少量の組成物が記載されている。
しかも、このような組成物において一〇%程度の少量のPOSiが加えられる対象重合体は、PPO、PSとともにPPOとPSとの混合物があげられており、PPOとPSとはともに熱可塑性樹脂であり、PPOとPSとの混合物が熱可塑性樹脂であるPPOやPSと均等的に併記され、且つ、引用例の第四欄九~一七行目にPPO、PSとともにPPOとPSとの混合物も熱可塑性の固体のアリールポリマーの一つとして記載されていることから、引用例には、PPOとPSとの混合物を熱可塑性樹脂組成物として記載されていると認められる。
したがつて、引用例は、PPOとPSとの混合物が熱可塑性であり、それに一〇%又はそれ以上のPOSiを添加した混合物も熱可塑性組成物であることを示しているといわざるを得ない。
4 一方、本件発明は前記のとおりのことを要旨とするものであり、そこから明らかなとおり、PPOとPSとの配合割合は特に限定されていない。本件特許の公報一頁右欄の記載によれば、両者の割合は任意でよく、一般にはPPOが五~九五%であり、配合方法は周知の慣用手段でよいことが説明されている。また、本件発明の組成物は、前記要旨から明らかなように、PPOとPSとの二者を含有することは必須であるが、本件発明の組成物の用途及び通常の熱可塑性樹脂の用法からみて、通常の熱可塑性樹脂に配合される慣用の配合剤、例えば安定剤、着色剤、可塑剤等を配合することは任意であると解される。
しかして、伊沢槙一作成に係る実験報告書によれば、PPOとPSとの混合物に添加されたPOSiはトリフエニルホスフエートと同様にPPOとPSとの組成物に対して可塑剤の作用を示している。
したがつて、本件発明の組成物は、PPOとPSとの他に第三成分を含む組成物、換言すると、少量例えば一〇%又はそれ以上のPOSiを含む組成物をも包含していると解され、組成物としては、PPOとPSとPOSiとからなる組成物と差異がない。
5 以上のとおりであるから、一つには引用例にはPPOとPSとの熱可塑性組成物がそのまま記載されていると認められ、更には、PPOとPSからなる組成物はPPOとPSとPOSiとの組成物をも包含し、両者は同一と解されるから、いずれの点からみても本件発明の組成物は引用例に記載されていると認められるから、本件特許は特許法第二九条第一項第三号の規定に違反して特許されたものであり、これを無効とすべきものである。
なお、被請求人(原告)は、引用例にはPPOとPSとの組成物が射出成形等に当たりPPOの好ましい物性を低下させることなく加工性が改良されることが示されておらず、また、PPOとPSとPOSiとの組成物をPPOとPSとの組成物が包含するとしても、それは技術的範囲の問題であると主張するが、前者の点はPPOとPSとの組成物のもつ性質の発見にすぎず、また後者の点は、本件発明の組成物がPPOとPSとPOSiとの三成分組成物を排除すると解されないから、やはりPPOとPSとPOSiとの性質を確認したにすぎないと解されるので、被請求人の右主張によつても前記判断を妨げない。